これは正義感溢れる少女が自分の生き方にもがき、信念を貫きながら仲間たちと共に時代をつくりあげていく物語……
°˖✧✧˖°°˖✧✧˖°°˖✧✧˖°°˖✧✧˖°°˖✧✧˖° 立派な長屋門の中から、元気な掛け声が聞こえてくる。「やあっ!」
竹刀を持つ少女、|斎藤《さいとう》|雛《ひな》は父、|雄二《ゆうじ》の脇腹を打った。
「また、やられた! 雛は強いなあ」
娘にやられ、笑顔を向ける父。
その微笑みから、彼の優しさが滲み出ている。雛の父、雄二は武士だった。
長い間、戦いの中に身を投じ戦果を収めてきた。かなりの実力の持ち主だったが、戦いの中で負傷し、現役から退くことになってからは後世の指導に励んでいた。戦うことよりも教えることの方が性に合っていたようで、雄二は弟子たちを育てることを生きがいに、日々稽古に明け暮れていた。
そんな父を真似るように、いつしか幼い雛は竹刀を握った。
それが全ての始まりだった。
これを機に、彼女の才能が目覚め開花していくことになる。雛は、小さい頃から雄二の弟子の中に混じり、剣術に明け暮れた。
雄二も、娘が剣術に興味を持ったことを嬉しく思い、雛に稽古をつけた。それがどんなに厳しい稽古でも、雛は弱音一つ吐かなかった。
日に日に剣の腕を上げていく雛に、雄二は驚きを隠せなかった。始めは皆、小さな少女が竹刀を必死に振り回す姿を微笑ましく見守っていたが、徐々に雛の実力が発揮されていくと、皆の顔つきが変わっていった。
雛が十歳の頃には、弟子の中で雛に敵うものはいなくなり、十二歳で雄二を倒すまで実力を伸ばしていた。
その頃には他の道場へ試合を申し込み、次々に屈強な男たちと勝負し勝利を収めていた。雛は武家の間で噂の的となり、神童と呼ばれるようになっていた。
しかし、雛は女、そのことを皆が嘆き憂いた。
男だったらよかったのに、と皆が口にするのを雛もよく耳にするようになり、彼女自身そのことで思い悩むことが多くなった。雄二も雛の実力は認めていたが、決して心から喜んではいなかった。
大人になれば自然にあきらめ、普通の|女子《おなご》として生きるだろうと思い、雛の好きなようにさせていた。
雛は十五歳になった。もうこの辺りでは、雛の敵になる者は誰もいなくなった。
それでも、彼女の情熱は失われることはなく、どこまでも強くなりたいという情熱のまま、雛の稽古に励む日々は続いていた。 道場の中から、竹刀のぶつかり合う音が鳴り響いている。 雛の一撃に吹っ飛ばされた男は、情けない声を出した。「おまえは何でそんなに強いんだ?」
たった今、雛に打ち負かされた門下生の|高杉《たかすぎ》が、尻餅をつきながら悔しそうに言った。
高杉はこの道場の初めての門下生で、雛とは付き合いが長い。
雛にとって、気楽に話の出来る相談相手だった。雛は彼を助け起こすと、笑顔で答える。
「いつかこの力を国のため、人々のために使う日がくる。
そのために私は強くなりたい。どこまでも、誰よりも」力強い眼差しを向けられた高杉は、ため息をついた。
「もう、十分だよ。おまえに敵う奴はいないんだから」
「世界は広い、私より強い人がいるかもしれない」当たり前だろう、というように堂々と言い張る雛を、呆れた目で見つめる高杉。
「まあ、そりゃそうかもな。
……でも、おまえ女なんだから、そんな強くなっても意味ないだろ。 将来は嫁に行くんだろう?」その言葉を聞いた瞬間、雛が不機嫌になり高杉を睨む。
「わかってる! 今までいろんな人から散々聞かされてるから。
それでも、私はあきらめたくない。 人生何が起こるかわからない、もしかして私の力が誰かのために活かせる時がくるかもしれない! 人を救うのに、女とか男とか関係ない!」高杉にそう吐き捨てると、雛はその場から走り去っていった。
その夜、雛と雄二は親子二人、いつものように静かに夕食をとっていた。ごはんにお味噌汁に焼き魚という、ごく一般的な質素な食事だ。武士の家だからと、贅沢などはしたことがない。
雄二は堅実な人物で、決して贅沢をしない。雛はそんな父を尊敬していた。
ふいに、雄二が心配そうな表情で雛に声をかけてきた。
「雛、元気がないな、どうかしたのか」
「…………」黙り込み下を向く雛を、雄二が覗き込もうとする。
すると、いきなり雛が顔を上げた。「父さん、私、国のため人のために剣を振るいたい。
困っている人たちの力になりたい。 でも、周りの人たちは、私が女だから無理だって言うの。そんなことないよね?」雛が不安げに父を見つめる。
雄二は困ったような表情をして、雛から目を逸らした。「……おまえの気持ちはわかる。
お前が剣術を好きになってくれたこと、父さんは嬉しかった。 だが、今ままではそれでよかったが、これからは駄目だ。おまえは女だ、女は戦場には行けない。 戦うことは男に任せて、おまえは女としての幸せを考えなさい」雄二がそう告げると、雛の表情が一変し、その可愛い顔に怒りの感情が滲む。
「父さんまでそんなこと言うの? 女だから男だからとかそんなこと関係ない!
私の人生は私が決める! 母さんだったら、きっと賛成してくれた!」『母さん』という言葉に、雄二の瞳は揺らいだ。
悲し気な瞳を雛へ向けてくる。雛の母は、雛がまだ幼いときに亡くなった。
母はとても優しく情に厚い女性だった。誰にでも優しく誰からも好かれていた。
どんな人にも心を配り、優しさと愛を与える母は、雛の理想の人だった。そんな母は、突然帰らぬ人となった。
いつものように買い物へ行った母は、その途中で無残に斬り殺された。
大名行列に飛び出した子どもを庇って、斬られたそうだ。ただ子どもが横切っただけで……それを庇っただけで、殺されるのか?
そんなに、人の命は軽いのか?雄二は悲しみの中でさえ、母を称え、怒りを抑えながら耐え抜いていた。
もちろん雛も、母がしたことは誇らしいと思った。では、どうして称えられるような母が、斬り殺されなければならなかったのか。
こんな世の中間違っている。
幼い雛の心の中に、絶望と葛藤が渦巻いていた。
そして、母の|亡骸《なきがら》の前で、雛は心に誓ったのだ。母のような人を守れるような人間になりたい。
自分のように悲しむ人間を増やしたくない。 そのために、人を守れる強さが欲しい。雛は誰よりも強くなり、弱き人々を守るため、剣の道を歩み続けた。
「母さんだって、おまえには幸せになって欲しいはずだ。女としてな」
俯きつぶやく雄二は、どんな表情をしているのかわからない。
しかし手を握りしめ、わずかに震えているように感じた。きっと、母のことを思い出しているのだろう。「私の幸せは、私が決める。
弱き者を助け、皆が笑って暮らせる世をつくる。 それが私の幸せ、絶対譲らない」そう強く宣言した雛は勢いよく立ち上がり、雄二に背を向け去っていった。
一人残された雄二は、深いため息をつく。 そっと懐へと手を伸ばす。胸にしまっていた妻の写真を取り出した。その写真を見つめ、ふっと微笑むと雄二はつぶやいた。
「雛はおまえに似ているよ……」
町は多くの人で賑わっていた。 雑踏の中、雛は人混みを避けながら一人歩く。 夕飯の買い出しへ出かけた雛は、賑やかな町の喧騒を尻目に落ち込んでいた。 少し俯いて歩いていたせいで、人にぶつかりそうになる。「すみません」 雛が顔を上げると、目の前では青年が雛を見下ろしていた。 鋭い視線に少し冷たい印象を感じる。 青年は雛を一瞥《いちべつ》しただけで、何も言わずさっさと歩いていってしまう。 不愛想な人だな、とその後ろ姿を見つめていると、突然雛は誰かに目隠しされた。「だーれだっ」 こんなことをするのは一人しか思い浮かばなかった。「|若菜《わかな》でしょ?」 雛が振り向くと、ニカっと歯を出して笑う|小野《おの》若菜がいた。「もう、その反応つまんない。もっと、ビックリしてよ」 唇を尖らせ、頬を膨らませるその姿は年齢よりも幼く見える。 雛があきれ顔で若菜に告げた。「だって、こんなことするのは若菜くらいだもの」 「いいじゃん、私たち親友でしょ」 そう言って、いたずらっ子のような表情で嬉しそうに微笑む若菜。 若菜の笑顔が雛は大好きだった。何でも許したくなってしまう。 若菜は雛の幼馴染で親友。 他の女の子たちより元気に外で遊ぶことが好きな雛は、他の子たちから浮いていた。 しかし若菜はそんな雛にピッタリな|男勝《おとこまさ》りな少女だった。 剣術の相手もしてくれたし、外で魚釣り、泥遊び、かけっこ、鬼ごっこ、男子が好きそうなことを若菜は楽しそうに雛と遊んでくれた。 彼女の性格はとてもサバサバしていて、雛と波長が合う。 若菜といると心地がよかった。 彼女といる間だけは男とか女とか、考えなくていい。「雛、なんだか暗い? どうしたの?」 雛が何かに悩んでいることに気づいた若菜が心配する。 昔から、彼女には隠し事ができなかった。「また、父さんと喧嘩したんだ……」 雛が父との喧嘩の内容を説明すると、若菜は怒りを露わにする。「ほんと、信じられない。なんで皆男だからとか女だからってこだわるのかね! 雛、負けるんじゃないよ。 大丈夫! 雛が常識を塗り替えてやれっ」 若菜が力強い眼差しを向け、雛を励ます。「ありがとう、若菜……」 若菜の言葉には力がある。 雛はいつも彼女の存在に救われていた。「私、雛はたくさんの人
これは正義感溢れる少女が自分の生き方にもがき、信念を貫きながら仲間たちと共に時代をつくりあげていく物語…… °˖✧✧˖°°˖✧✧˖°°˖✧✧˖°°˖✧✧˖°°˖✧✧˖° 立派な長屋門の中から、元気な掛け声が聞こえてくる。「やあっ!」 竹刀を持つ少女、|斎藤《さいとう》|雛《ひな》は父、|雄二《ゆうじ》の脇腹を打った。「また、やられた! 雛は強いなあ」 娘にやられ、笑顔を向ける父。 その微笑みから、彼の優しさが滲み出ている。 雛の父、雄二は武士だった。 長い間、戦いの中に身を投じ戦果を収めてきた。かなりの実力の持ち主だったが、戦いの中で負傷し、現役から退くことになってからは後世の指導に励んでいた。 戦うことよりも教えることの方が性に合っていたようで、雄二は弟子たちを育てることを生きがいに、日々稽古に明け暮れていた。 そんな父を真似るように、いつしか幼い雛は竹刀を握った。 それが全ての始まりだった。 これを機に、彼女の才能が目覚め開花していくことになる。 雛は、小さい頃から雄二の弟子の中に混じり、剣術に明け暮れた。 雄二も、娘が剣術に興味を持ったことを嬉しく思い、雛に稽古をつけた。それがどんなに厳しい稽古でも、雛は弱音一つ吐かなかった。 日に日に剣の腕を上げていく雛に、雄二は驚きを隠せなかった。 始めは皆、小さな少女が竹刀を必死に振り回す姿を微笑ましく見守っていたが、徐々に雛の実力が発揮されていくと、皆の顔つきが変わっていった。 雛が十歳の頃には、弟子の中で雛に敵うものはいなくなり、十二歳で雄二を倒すまで実力を伸ばしていた。 その頃には他の道場へ試合を申し込み、次々に屈強な男たちと勝負し勝利を収めていた。 雛は武家の間で噂の的となり、神童と呼ばれるようになっていた。 しかし、雛は女、そのことを皆が嘆き憂いた。 男だったらよかったのに、と皆が口にするのを雛もよく耳にするようになり、彼女自身そのことで思い悩むことが多くなった。 雄二も雛の実力は認めていたが、決して心から喜んではいなかった。 大人になれば自然にあきらめ、普通の|女子《おなご》として生きるだろうと思い、雛の好きなようにさせていた。 雛は十五歳になった。 もうこの辺りでは、雛の敵になる者は誰もいなくなった。 それでも、彼女の情熱は失われる